インフルエンザが日本全国に蔓延しており、年末年始から救急外来においても多くの患者さんを見かけるようになりました
今年は
「主訴:インフルエンザかどうか心配」
に加えて
「主訴:ゾフルーザが欲しい」
という人が増えているように思います
ゾフルーザは一般名バロキサビル
おなじみノイラミニダーゼ阻害薬は増殖したウイルスが細胞から離散するのを防ぐのに対し、バロキサビルはウイルスの転写を阻害しますので、増殖そのものを防ぐという点から非常に注目を浴びています
そして1回投与ですむ内服薬という点も人気のポイントでしょう
昨年3月に販売以降、一気にトップシェアに上り詰めています
なんと平成30年度のゾフルーザの国内売上高は約130億円と見込んでいるようです
https://www.sankei.com/economy/news/181106/ecn1811060023-n1.html
https://www.sankei.com/west/news/190121/wst1901210028-n1.html
ものすごく処方されているのですが、僕個人は
この薬剤を積極的に処方しようと思いません
そして
自分が罹患したらもちろん服用しようとは思いません
塩野義製薬に喧嘩売っているわけではなく、エビデンスが乏しいことと、費用対効果が乏しいと個人的に考えているからです
ゾフルーザ=バロキサビルの研究は、Ⅲ相試験であるCAPSTONE-1 trialが挙げられます
Hayden FG, et al.
Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents.
N Engl J Med 2018; 379: 913-23
今のところ参考になる論文はこれだけです
日本と米国において、2016年12月から2017年3月までにインフルエンザ様症状を呈した12-64歳を対象とした研究で、バロキサビル、オセルタミビル、プラセボを2:2:1で割り付けた二重盲検RCTとなっています
日本からの患者が80%弱
日本人にとってありがたいエビデンスとなり得るわけですが、年齢層が限定的ですので、高齢者や小児に処方しようとしている人は注意しなくてはなりません
また入院を要するような重症例、抗菌薬治療が必要な感染合併例やハイリスク群は除外されています
※ハイリスク集団
妊婦や出産後2週以内の女性、施設入所者、喘息を含む慢性呼吸器疾患患者、神経疾患患者、心疾患患者、血液疾患患者、内分泌疾患患者(糖尿病を含む)、腎疾患患者、肝疾患患者、代謝疾患患者、免疫不全患者、BMI≧40、体重40kg以下、入院を要する疾患を合併
本来的には、抗インフルエンザ薬は、こうしたハイリスクの人たちがインフルエンザによる合併症で大変なことにならないようにということを目的に使用されるのではないかと思います
ここぞという使用対象を除外している時点で、ちょっとどうなんでしょうかと思います
健康な若者が服用してもいいではないかと言われるかもしれませんが、ほっといても治るインフルエンザに対して、薬剤を飲まないと治らないという風に信じさせたり、薬剤を飲むと脳炎や脳症を防げると信じさせるような言説は、僕は悪意すらあると思っています
論文の話に戻ります
バロキサビルの効き目知りたいですよね?
解析結果ですが、バロキサビルはプラセボと比較して中央値で26.5時間(53.7時間vs 80.2時間)早く症状を緩和するというものでした
オセルタミビル(タミフル)とは有意差がありませんでした
解熱までの時間はバロキサビルとプラセボを比較すると、24.5時間vs 42.0時間で、こちらも半日以上短くなっています
(なんもせんでも2日以内に解熱するとも言えますが)
また通常の健康状態に戻るまでの時間は129.2時間vs168.8時間と、バロキサビル群で短くなっていますが有意差はなかったようです
やはり、発熱時間が短くなる、症状緩和が早まるということですが、タミフルより優れているという部分は特にありません
ほっといても2日で熱が下がるものを数時間短くするとうことに、しんどい体を引きずって医療機関受診して、長い時間待って処方してもらうような価値があるかないかは考えものだと思います
(ぼくはないと思っています)
あとこの薬剤は高いです
1回の治療に4700円かかります
体重80kg以上の人は倍量投与なので、倍額になります
それでもいいという人は服用を考えてもよいと思いますが、タミフルで同じ効果が得られるならタミフルでもよくない?と思います
(僕はタミフルも飲みませんけど)
さて、高いだけならお金出せば良い、処方して欲しいと思うかもしれません
もう一つ注意点があります
ゾフルーザ=バロキサビルですが、患者の9.7%に変異型のウイルスが見つかっております
耐性ウイルスは活性エンドヌクレアーゼ部位の特定のアミノ酸置換を起こしており、バロキサビル感受性が11-57倍低下させているとされます
服用5日目のウイルス検出率は、変異のないウイルスのバロキサビル群患者で7%、変異のあるバロキサビル群患者で91%、プラセボ群患者で31%と、変異型のウイルスに感染した状態でバロキサビルを服用するとウイルスが高率に残存します
薬を飲んだ方が、飲まないよりもウイルスが残存します!
テレビではウイルスの排出が抑えられるから周囲への感染もしなくなるというような言説が流れていたようですが、どうなっているんでしょうか?
そもそもウイルス排出期間が抑えられたとして、本当に周囲への感染抑止効果はあるのでしょうか?
甚だ疑問です
大嘘ぶっこいてんじゃねぇぞと思って白い目で眺めています
一応、塩野義製薬はその後、CAPSTONE-1 trialに続くCAPSTONE-2 trialの結果を速報で報告しています。
http://www.shionogi.co.jp/company/news/qdv9fu000001dgz1-att/180717.pdf
これによると、CAPSTONE-2 trialではハイリスク群や高齢者も含めて検討し、効果が確認できたということです
これを手放しで喜べるかというと、まだpublishされていないのでコメントに窮するというのが正直なところ
実際どれほどの効果があるのかはもちろん、どの程度重篤化を防ぐ効果があるのかとか、耐性株を持つ人でどうなっているかとか、重症化リスクがむしろ上がらないのかとか疑問は解消されないので、なんともかんともコメントができないというところです
ともあれ、これらのエビデンスと、テレビで流れているゾフルーザ無敵説や、最近のゾフルーザ人気の間には、個人的にはギャップを感じています
僕としては研修医にも
「処方するなとは言わないけれども、現状のエビデンスを踏まえた上で、よく患者と話した上で処方しなくてはならない」
と伝えています
お金をいただいて、有症状期間が延長するかもしれないような薬剤を処方するなどということは医師のすることではないと僕は思います
しかし、外来には「ゾフルーザが欲しい」と言ってやってくる人が後を絶ちません
塩野義製薬のプロモーションの賜物だと思います
これだけは伝えておきますが
・どの薬剤を処方するか決めるのは医師の仕事です
・欲しい薬剤に期待されるような効果は本当はないかもしれません
なので、絶対に病院やクリニックにいって「ゾフルーザ処方してください」と言ってはいけないのです
いちいち効能効果副作用エビデンスを説明するのも心が折れるくらい大勢の患者さんがいらっしゃいます
この間の休日は300人以上の患者さんがいらっしゃっていました
一人1分診察時間が増えると、300分=5時間分の待ち時間が発生します
自分で自分の首を絞めないことは非常に重要なことです
最後に
塩野義製薬を責めているわけではありません
テレビでバカなことを言っている医師は何か不幸が起こればいいなと思っていますが・・・
世の中にはすでにタミフルやリレンザが効かないインフルエンザウイルスもいるのです
毎年、耐性株がどのくらいいるかを調査してくれておりますが、過去にはAソ連型タミフル耐性ウイルスなど問題になりました
https://www.niid.go.jp/niid/ja/influ-resist.html
安易に耐性化を助長するような使用法を吹聴するのではなく、せっかくの素晴らしい薬剤ですから、息の長い治療薬として活躍できるようにして欲しい
というのが個人的な願いです