先日、近医産婦人科からの紹介がありました
妊娠30週を迎えようとする女性が、かかりつけ産婦人科を左側腹部痛のために受診しました
諸検査の結果、妊娠経過に問題はなく、痛みは他の原因だろうということになりました
で、超音波で腎臓を見てみたら、左腎盂の拡張があり、尿管も拡張しており、尿管結石が疑われる状況であると
疼痛を何とかしてほしいということでの紹介です
しかしそこまで診断がついていれば、妊婦でも妊婦でなくても治療法にそこまで差はありません
腎盂腎炎の合併があるとか、膿瘍形成をしているとかいうことがなければ、泌尿器科医も救急医も産婦人科医もやれることはほとんど同じだと思います
ただし、困るのは妊婦さんにはロキソニンやボルタレンなどの非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)が使いにくいということです
NSAIDsの影響を受けるのは胎児です
胎児期には、肺で呼吸することがないので、大動脈と主肺動脈の間に「動脈管」という血管でバイパスを作っています
血液は右心室から肺を通らずに直接下行大動脈へ流れます
通常は出生後に肺呼吸となり、血中酸素分圧が上昇することとプロスタグランジンEが減少することから動脈管が収縮し、生後12時間程度で閉鎖します
もし妊娠後期にNSAIDsを投与すると、プロスタグランジンEの合成が阻害され、動脈管が閉鎖してしまい、胎児に心不全が起きてしまうことが懸念されます
心不全までには至らなくとも、収縮した動脈管のおかげで、胎児の肺に血液が流れ、肺動脈の血管抵抗が高まった結果、出生後に肺高血圧症となる可能性を高めます
妊婦の鎮痛、どうしましょう?
紹介元の産婦人科のドクターは当然そんなことはご存じですから、尿管結石の鎮痛における第一選択とされるNSAIDsは使わず、ペンタゾシン(ソセゴン)使用しました
しかし女性の疼痛が治らず嘔吐もしているということで、紹介をしたという経緯になります
受け入れてみると、確かに悶絶しています
超音波検査をするのも一苦労
こんなときにどうするかというTipsを紹介します
とにかくまずはアセトアミノフェン鎮痛です
妊婦さんであっても比較的安全に使うことができるとされる鎮痛薬
飲めないという人のためにも、最近では点滴静注製剤が販売されています(アセリオ®︎)
便利ば世の中になりました
しかしそれでも鎮痛できないときはどうするか
こんな時に使えるのが芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)です
「芍薬甘草湯」とは
名前の通り、芍薬(しゃくやく)と甘草(かんぞう)からなる漢方薬です
芍薬は大きな花が開くボタン科の植物で、根を生薬として使用します
甘草はマメ科の多年草で、こちらも根を生薬として使用します
ワインのテイスティングコメントにも甘草は用いられます
世のソムリエが甘草を食べたことがあるかは分かりませんが、僕はあります
漢方の教育に力を入れている母校の漢方の講義の一環で、実際に生薬を味わう時間がありました
ワインを飲んで
「甘草のニュアンスがある……」
などと言ったときに
「甘草ってなんやねん! お前食ったことあるんか!?」
と突っ込まれても
「え、あるよ……」
と答えられます
恥ずかしながら、母校が漢方の教育に力をいれているということは受験当日に知ったのですが、何事も経験です
母校に感謝です
さて、芍薬の主成分はペオニフロリン、甘草の主成分はグリチルリチンです
ペオニフロリンは末梢血管拡張作用があり、血流量増加が期待できます
またペオニフロリンは神経筋シナプスでCa2+イオンの細胞内流入を抑制し、さらにグリチルリチンはカリウムイオンの細胞外流出を促進、アセチルコリン受容体を抑制させて筋弛緩作用を発現させます
(参考文献:木村正康. 漢方方剤による病態選択活性の作用機構. 1992;代謝 29[臨時増刊号]:9-35.)
尿管結石が嵌頓すると、尿管の平滑筋が痙攣・収縮し、尿の流れが遮断された結果、腎盂内圧が上昇して疼痛が起こると考えられています
芍薬甘草湯はこの筋痙攣を改善することを期待して投与するわけです
症例数は少ないですが、尿管結石にはNSAIDsよりも芍薬甘草湯の方が効くかもしれないという報告もあります
(参考文献:井上雅ら. 日東医誌 Kampo Med. 2011;62: 59-362.)
芍薬甘草湯は証をあまり気にすることなく、症状が治まるまで内服してもらえばよい漢方です
1~2包飲んでもらって、症状がまだ残るなら追加で飲んでもらうことを考えます
もともと妊婦さんの下腿三頭筋の筋痙攣(こむらがえり)にも処方される薬剤ですので、NSAIDsよりも安心して使えると思います
尿管結石のガイドラインでも臭化ブチルスコポラミンよりも推奨されておりますので、もし妊婦さんが悶絶していたら使ってあげてみてください